びわっち

個人セッション(カウンセリング・コーチング・コンサル)や講座・イベントなどを通して、4,000名を超える(2014年〜2022年12月時点)クライアントのネガティブ思考をポジティブ思考に変換し「現在(いま)を生きる」サポートを行なっている。

■TCエグゼクティブマスタートレーナー(TCマスタートレーナー premier I) ■NLPプラクティショナー ■アドラー流メンタルトレーナー ■ボディソウルサインメソッド

長女(第一子)・過干渉な両親・HSS型HSPといった「生きづらさ」を克服した経験を活かしてクライアントや受講生に寄り添う。
高い共感力でクライアントと同期・同調(シンクロ)し、共に過去や未来を思い出すことでトラウマ(心の傷)を癒し、持って生まれた才能や可能性の開花を止めている原因を突き止めブレイクスルーさせる姿は
「菩薩(BOSATSU)」のようだと言われる。

プライベートでは、35歳でシングルマザーに。(ひとり娘はすでに成人し、独立している)
2017年から自然豊かな福岡県糸島市で暮らす。
美味しいものが大好きで、糸島の魅力をグルメ中心にSNSで発信。
https://www.instagram.com/biwacchi1972/

趣味は、音楽鑑賞。邦楽・洋楽幅広く聴き、毎月1回はLIVEに出かけている。
特に好きなアーティストは、スピッツ・
ASIAN KUNG-FU GENERATION・Nulbarich・藤井風、U2、Coldplay など…


<経歴>
1972年
長崎県長崎市に生まれる

1992年
株式会社エフエム長崎入社
アナウンサー、番組制作業務に携わる

1995年
フリーランスに転身
ラジオ局の放送業務、ラジオ/TVのCMナレーション、イベント・式典・婚礼の司会

2008年
婚礼担当件数1,000組達成

2012年〜
結婚式パーフェクトレッスン

2013年〜
カラーセラピー
・TCマスタートレーナー
・ココロの色 処方せん講座 トレーナー
・ヴィジョン・スパイラル講座 マスタートレーナー
・アソシエーションカード トレーナー
・才能発見Graceトレーナー
・願いを叶える・TCカラーセラピー講座講師
※TCカラーセラピストを100名以上認定したTCプラチナトレーナー
※TCトレーナーを20名以上認定したTCエグゼクティブマスタートレーナー
※準TCマスタートレーナー講座を開講できるTCマスタートレーナーpremierI
カラーセラピー関連の講座は400名以上が受講(2021年12月時点)

2014年〜
NLPメソッド導入

2016年7月
著書「未来わたしを思い出す-愛される“心”のつくりかた」ヒカルランドより商業出版(関連書籍「電波妻」)

2020年
アドラーメソッド導入

2024年〜
ボディソウルサインメソッド

お母さんのいう通りにしていればいい

「消えてなくなりたい」
そう思った最初の記憶は小学校5年生の頃。
いや、もっとずっと前からそう思っていたかもしれません。
私は、子どもの頃から生きづらさと隣りあわせでした。

原因は、母親と通じ合う感覚を持てなかったから。

自分の気持ちやしたいことを伝えても頭ごなしの否定と拒絶。

「言わなければよかった」
後悔だけが残る。虚しくて、悲しくて、悔しくて…
私の心の感覚はどんどんマヒしていきました。


私は、お母さんみたいにはならない

「お母さんの望むように、言う通りにしていなければいけない。

家でも学校でも母の望む行動を考え
「どうせわかってもらえない」と自分の本当の気持ちを出さず
いつしか、能天気で無邪気な自分のままでいることを自分に禁じるようになっていました。

母のことが大嫌いになっていた私が
「お母さんみたいにはならない」と決心したのは12歳の時でした。


私を苦しませていたのは母ではなく私自身

大人になって、自分のやりたいことをやっているはずなのに、心はずっとずっと苦しかった。
それは母のせいだと思っていました。

しかし、子育って真っ只中の30代前半のある日…
自分を苦しめていた本当の原因に気がつきます。

「お母さんだったらどうするか」
「お母さんがしないのはどういうことか」


私は『お母さん』のことばかり考えている!
『お母さんみたいにはならない』と思ってきたけれど、
そう思っていること自体、ずっと『お母さん』を意識している!

あんなに頭の中から排除したかったはずなのに、私自身が『お母さん』を私の中に住まわせていたなんて…

大嫌いで、許せなくて、あんな人になりたくないと思いながら、
しがみついて忘れないようにしていたのは、他でもない私自身だったなんて…
私を苦しませていたのは、母ではなく、母にとらわれ続けていた私。

そのときの衝撃は今でも忘れられません。
それ以来、私は『自分の基準』を意識するようにしました。
私にとっての自立の第一歩。

母の呪いに自分から飛び込んでいたと気づいた瞬間から本当の人生が始まり、思いもしなかった自分に出会うことになったのです。


誰かの過去や未来を「感じとる」こと

空気を読み、優等生で、しっかりテキパキすることが得意だと思っていたのに、そうではなくなっていきました。

逆に、私が私でいることを許したら、まるでちいさなつむじ風にそっと巻き込んでしまうようにきるようになったことがありました。

それは、理屈では説明できないような「感覚」なのですが、
相手の中に置き去りにされていた「子ども」の部分に触れ、一緒に遊び、本人が忘れてしまっているキラキラと輝く「ギフト(未来)」を思い出すことでした。


Mother Tree「 母なる樹 」

子どもの自分を押し殺し、早く大人になろうとしていた私が
「もう一度、子どもを生きなおそう」と決めた時、
私のなかの『子どもの私』が息を吹き返しました。

そして、『子どもの私』を生きなおし始めたからこそ『大人の私』も覚醒したのです。

『子どもの私』も『大人の私』も、どちらも私の中に存在することを認められた時、
私はようやく統合されたひとりの『私』になりました。

Mother Tree『母なる樹』と名付けたこの場所へいちばんに駆けつけ、癒され、生きなおしたかったのは、ほかでもない私自身でした。