白石美和(びわっち)

福岡県糸島市在住
高い共感力で同期・同調(シンクロ)し、クライアントの過去や未来を思い出す。
トラウマ(心の傷)の癒しや修復、持って生まれた才能や可能性の開花をサポートする。
個人セッション(カウンセリング・コーチング・コンサル)や講座・イベントなどを通して、
2,500名を超えるクライアントのネガティブ思考をポジティブ思考に変換し
「現在(いま)を生きる」サポートを行なってきた。(2014年〜2020年12月時点)
長女(第一子)・過干渉な両親・HSS型HSPといった「生きづらさ」を克服した経験を活かし、
クライアントや受講生に寄り添う。「菩薩(BOSATSU)」のようだと言われる。
プライベートでは、35歳からシングルマザー(ひとり娘はすでに社会人で独立)
趣味は、
音楽鑑賞。邦楽・洋楽幅広く聴き、毎月1回はLIVEに。
特に好きなアーティストはスピッツ・ASIAN KUNG-FU GENERATION・Nulbarich
美味しいものが大好きで、Instagramは糸島グルメ中心の投稿。

<経歴>
1972年
長崎県長崎市に生まれる。
1992年 
株式会社 エフエム長崎入社。アナウンサー・ディレクター・番組制作等、 放送業務全般に携わる。
主に、朝の生ワイド番組のパーソナリティ、ニュース、情報・音楽番組、CMナレーション等を担当
1995年 
フリーランスに転身。ラジオ局の放送業務、テレビの番組・CMナレーションを担当
また、婚礼司会を中心にブライダル事業に取り組む
2008年 
婚礼担当件数1,000組達成
2012年 
結婚式パーフェクトレッスン開始
2013年 
カラーセラピー導入
 ・TCカラーセラピー マスタートレーナー
 ・ココロの色 処方せん講座 トレーナー
 ・ヴィジョン・スパイラル講座 マスタートレーナー
 ・アソシエーションカード トレーナー
※TCカラーセラピストを100名以上認定したTCプラチナトレーナー
TCトレーナーを20名以上認定したTCエグゼクティブマスタートレーナー
カラーセラピー関連の講座は390名が受講(2013年7月〜2021年7月時点)
2014年〜 
NLPメソッド導入

2016年7月 
著書『未来のわたしを思い出す』出版   
2020年〜    
アドラーメソッド導入

お母さんのいう通りにしていればいい

「消えてなくなりたい」

最初の記憶があるのは小学校5年生の頃。
もっとずっと前からそう思っていたかもしれない。
私は、子どもの頃から生きづらさと隣りあわせでした。

それは母親と通じ合う感覚を持てなかったから。
自分の気持ちやしたいことを伝えても頭ごなしの否定と拒絶。

「言わなければよかった」後悔だけが残る。
虚しくて、悲しくて、悔しくて
私の心の感覚はどんどんマヒしていきました。


私は、お母さんみたいにはならない 

「お母さんの望むように、言う通りにしていなければいけない

家でも学校でも母の望む行動を考え
「どうせわかってもらえない」…と自分の本当の気持ちを出さず
いつしか、能天気で無邪気な自分のままでいることを
自分に禁じるようになっていました。

母のことが大嫌いになっていた私が
「お母さんみたいにはならない」と決心したのは12歳の時でした。

 

私を苦しませていたのは母ではなく私自身

大人になって、自分のやりたいことをやっているはずなのに、

心はずっとずっと苦しかった。
全ては母のせいだと思っていました。

しかし、子育って真っ只中の30代前半のある日、
自分を苦しめていた本当の原因に気がつきます。

「お母さんだったらどうするか」
「お母さんがしないのはどういうことか」
私は『お母さん』のことばかり考えている!

「お母さんみたいにはならない」と思ってきたけれど、
そう思っていること自体、ずっと『お母さん』を意識している!

あんなに頭の中から排除したかったはずなのに、
私自身が『お母さん』を私の中に住まわせていたなんて…

大嫌いで、許せなくて、あんな人になりたくないと思いながら、
しがみついて、忘れないようにしていたのは、
ほかでもない私自身だなんて…

私を苦しませていたのは、母ではなく、母にとらわれ続けていた私。

そのときの衝撃は今でも忘れられません。

それ以来、私は『自分の基準』を意識するようにしました。

母を意識しないことが私にとっての自立の第一歩。

母の呪いに自分から飛び込んでいたと気づいた瞬間から本当の人生が始まり、思いもしなかった自分に出会うことになったのです。

 

誰かの過去や未来を「感じとる」こと

空気を読み、優等生で、しっかりテキパキすることが得意だと思っていたのに、そうではなくなっていきました。

逆に、私が私でいることを自分に許したら、自然にやるようになった
こと、できるようになったことがありました。

それは、理屈では説明できないような「感覚」

相手の中に置き去りにされていた「子ども」の部分に触れ、引き出し、
一緒に遊ぶこと、そして魂を輝かせること。

誰かの未来を「感じとる」こと。
本人が忘れていたキラキラと輝く未来に導くこと。

私が私でいることを許したら、まるでちいさなつむじ風にそっと巻き込んでしまうようにそんなことができるようになっていました。


Mother Tree「 母なる樹 」

子どもの自分を押し殺し、早く大人になろうとしていた私が
「もう一度、子どもを生きなおそう」と決めた時
私のなかの『子どもの私』が息を吹き返しました。

そして、『子どもの私』を生きなおし始めたからこそ
『大人の私』も覚醒したのです。

『子どもの私』も『大人の私』も私の中に存在することを認められた時、私はようやく統合されたひとりの『私』になりました。

Mother Tree『母なる樹』と名付けたこの場所へいちばんに駆けつけ、癒され、生きなおしたかったのは、ほかでもない私自身でした。